看護学校も何とか卒業しいよいよ就職です。
寮付き病院付きの学校のよかったところは、看護実習の記録や試験などを同期に助けてもらえることです。私は大変怠け者ですので、寮じゃなかったら卒業できていないと思います。
記録は同期のを写させてもらい、試験はまとめたノートを見せてもらい。看護師になりたい子達は本当に面倒見が良いので本当に助かりました。
病院が同じ敷地内にあり、寮から徒歩3分程なので通勤も必要ないですし。
生まれ変わったら絶対看護師にはなりませんが、来世がどうしても看護師にならなければいけない呪縛人生だったら寮・病院付きの学校にします。
病院もそのまま卒業生全員が自動的に持ち上がりで就職します。
卒業前に病院の看護部長と面談をし、希望の部署等を聞かれます。
私は何科に行きたいとか助産師になりたいとか、本当になくてですね、
面談で言ったんです、「特に希望はありません。どこでもいいです。」
印象悪いですよね。
そうしたらなんと、院内で最も悪名の高い病棟に配属になってしまったのです。
実習に行った誰もが絶対就職したくないという病棟として有名な病棟でした。
理由としては救急があるので忙しいことや、とにかく看護師が怖いのばっかりといったもので
いや、完全に後者でみんな嫌がっていました。
やっちまった・・・
しかも同じ部署に配属になった同期の中にも仲の良い友達いないし、
最悪だ。
またです。終わった。と思いました。
どのくらいやばいか文章で伝えるのは難しいのですが、
無視。
怒鳴る。
朝まで飲み会。
休日出勤。
等々
とにかく毎日が地獄のようでした。
今はあまり流行らないみたいですが、当時は3交代勤務でした。
例えば
月:日勤
火:日勤
水:日勤
木:深夜
金:準夜
土:休み
こういったような勤務が1日の休みを挟んで繰り返されます。月1回くらいは2連休があったようななかったような。
日→深→準というのは、普通に日勤して、残業になってしまうと20時頃に帰り、またその日の23時30頃出勤して朝の9時半までというような勤務形態です。
慣れないと体内時計狂います。
しかも準夜って深夜2時頃に終わるんですね。もう休みの日に食い込んで仕事してるんですよ・・・
なのに休みの日に勉強会や委員会があると有無を言わさず病院行ってました。
予定を入れることも許されず。普通に考えておかしいんですけど、先輩もそうやって育ってきたからと悪習がまかり通ってました。
出勤も1年目は先輩がくる1時間前に出勤して病棟全患者分の点滴を作成しろとのこと。
これは私が辞める時に無くなってました。よかった。
ほんと洗脳されてました。
あの頃、友達と予定を入れてもうっかり忘れてしまったり、空けておかなければいけない日付を1日ずれて勘違いしたりといくらメモしてもスケジュールが分からなくなってしまうような感覚があり自分が自分じゃないような不思議な感覚でした。
楽しいことも楽しいと思えないような心が死んだ気がしました。
そしてこんな毎日をくさくさ過ごして…
就職して1ヶ月経たないころに同期がひとり辞めました。
続きます。


コメント