こんにちは。おたんこナースです。
今回からの記事は悲劇の看護学校時代のお話です。
これを読むと未来の看護師さんが数人消えるかもしれませんが・・・
そもそもなぜ私は看護学校に入学したのか?
私は小さい頃からエンタメ大好きっ子で特に国内外問わずドラマが大好きでして、なぜか特に医療ドラマフリークだったのです。
近親者に医療従事者もいませんし、本当に今でも謎なのですが遺伝子に刻まれし特性なのか何なのか。
代表的なものですと「ER緊急救命室」「グレイズアナトミー」「救命病棟24時」「ナースのお仕事」など日夜観まくっていたんですね。
そんなことしてばっかりで、勉強せず、ライブハウス通いにもハマり(しかもパンクバンド)、
気づけば心がどんどんアナーキーに・・・
「大学なんか行かねえよ!」と別に働きたいわけでもないのに進学しないと啖呵を切ってしまったんです。バカですねえ・・本当にバカですねえ・・・
あの頃の自分をぶん殴ってやりたいですね。心から。
しかも中高一貫の進学校にいて同じクラスの子は国公立、早慶を目指している状況。
その最中に自分を貫くワタシ・・・と酔っていたんでしょうね。(ウザすぎる、勉強できる方がカッコいいだろ)
今思えば親の金を好きにしていくらでも勉強できるなんてなんてラッキーな立場だったのだろう。
でも、その時には理解できないものなんですよね。思春期ホルモンムンムンですから。
そんな私の様子を見て親は呆れ、困り果てていました。
謝って普通に大学受験コースへ戻っちゃおうかしらと何度もよぎりました。
がしかし、あんな大口叩いておいてカッコ悪いじゃないか!とうだうだしている間に高校3年の夏も過ぎ去りいよいよどうするんだとなった時に母からの天の一声が。
「あんた医療ドラマばっか見てるからもう、そこにある看護学校行け。めんどくさい。」
大病をしたこともなかったので全く意識したことがなかったのですが、そこそこ近い距離に大学病院付属の看護学校があったのです。
「はいはい。分かったよ。あそこ受験すりゃいーんでしょ。」
と仕方ないなみたいな空気を出しつつ、就職するあてもなかった私は密かに「助かった。」と胸を撫で下ろしたのです。
あまり書くと特定できてしまいそうなのですが、私の学校は第一次受験日が確か10月頃で第二次受験の合否も12月頃には分かるような日程でした。それで決まっちゃえばもう受験しなくていいし楽やん、と私は言われた通りに受験し、なんとちゃっかり合格。
調子だけは良いので二次の面接もお手の物。
12月以降の全ての受験を放棄した私に進学クラスの先生は心底失望したことでしょう。(今会って謝りたい)
無事に高校も卒業しあれよあれよと入学の日が近づきました。受験した時には深く考えていなかったのですが学校は全寮制でした。
「まあ、どうにかなるでしょ。」と鷹を括っていました。
いいえ、女子校出身温室育ちの私がどうにかなる訳なかったんですねえ。
ド派手なお気に入りのスーツケースを引いて、校則から解き放たれて初めての茶髪巻き髪にミニスカで。桜舞い散る晴れた春の日、意気揚々と入寮の日を迎えました。
「じゃあ、行ってきます!」
私の笑顔を見たのは、家から出ていく時が最後になったとかならなかったとか、、、
#寮生活編に続く